うつ病 希死念慮と自殺念慮

         Aya

いよいよ年末です。振り返ってみて2019年は皆様にとってどんな年でしたか?飛躍された方も、停滞された方も、散々な目に遭われた方も、私の様に飛ぶ様に過ぎて記憶が曖昧な方も、とりあえず2019年は終わりを告げようとしています。このブログも、もしかすると、今年最後のブログになるかも知れません。そう言えば私は今年、このブログを始めた事によって少しは成長できたのかな?

さて、今回の『うつ病Ayaそりゃ誰でも気楽に生きたいさ』は少し重いお話かもしれませんが、テーマは「うつ病 希死念慮と自殺念慮」にスポットを当てる事にしました。私の経験も交えてお伝えしていきたいと思います。

どうしたらいいの?

希死念慮

自殺はもともとうつ病や双極性障害、不安障害の症状の一部なのですが、その中でも希死念慮というのは、「死を願う気持ちがあっても、実際に自殺までは考えていない状態」の事を言います。うつ状態の時はずっとこの希死念慮で苦しみ続ける方も多いです。「何故こんな自分が生きているのだろう?」「生きている意味なんてあるのだろうか?」「自分には未来なんて無い」と全てがネガティヴな思考で自信を失い、「死にたい」「消えたい」と強く思う様になるのです。これは抑うつ状態特有の、脳神経伝達物質の異常から来る認知の歪みにより、ネガティヴ思考が支配的になり状況にたいして、悲嘆、否定、が強くなってしまうからです。

私の知り合いにも、抑鬱状態の時は常にこの希死念慮が脳を支配し、苦しみや絶望感を味わっている人がいます。彼女を見ていて気付いたことがあるのですが、抑鬱状態の中でも色々なネガティヴな考えに苦しまされる私と違って、彼女の場合、取り憑かれた様に「死にたい」。それだけを繰り返すのです。その「死にたい」に今までの積み重ねがあるのは明らかなのですが、なんだか、もうそこのところはすっ飛ばして「死にたい」気持ちがだけが強くなっている様に感じるのです。

ただ、この希死念慮が自殺に直結するわけではありません。希死念慮とは、あくまでも、「死にたい」「消えたい」という願いが強いだけで、その裏には「生きたい」と思う気持ちも強いのでは無いかと私は思います。しかし、自殺までに至る道のりに入ってしまっているのは確かです。

どんな死に方をする?

自殺念慮

前項でご説明した希死念慮より、一層自殺に違いのが自殺念慮です。希死念慮が「死にたい」「消えたい」という願望であったのに対し、「自殺念慮」は「実際に自殺について具体的に計画を立て、それを実行に移そうとする段階」の事です。実際にどういった方法で死ぬのか考え始め、その為の道具を用意し始めたり、場所を決めたり、遺書を書いたり。要するに希死念慮より一歩、二歩、死に近付いてしまった状態が自殺念慮です。

こうなってくると、疾患者本人の口からあまり「死」という言葉を聞くことがなくなっている場合があり、周囲は安易に安心しがちなのですが、実はより一層悪化しているのです。「生きている意味なんてあるのか?」や「何故自分は生きているのだろうか」という考えではなく、もはや「自分は死ぬしか無い」、「自分は死ななければならない」という歪んだ脳神経伝達に乗っ取られているのです。

私は現在、この状態に陥っている知り合いがいない(と言うか、私が気付いていないだけかもしれませんが)ので、こういう状態の時の心理を私の経験談として次項で少し触れたいと思います。

爆発的感情

決行の時

私の希死念慮時の場合は、「死にたい」というより常に「消えたい」という感情でした。「消えたい」という感情の中でも、「この世に自分が存在したという事実そのものを消し去りたい」という思いが強かったのです。不可能なのはわかっていても、私と関わった方の記憶からも私という存在を消し去りたい思いでした。ただ、一日中ずっと「消えたい」と思い続けているのではなく、泣いたり、怒ったり、絶望したり、と感情はコロコロ変わりました。

そして、それが自殺念慮に変わった時、本当に誰にも言いませんでしたね。誰にも言わず、色々な死に方を調べ、道具をインターネット等で買ったり、もちろん遺書も書きました。そうして、いつでも「自分が消える」ことができる状態を作っていたのです。そこには、悲しむ人の存在など全く頭にありませんでしたし、むしろ、私がいなくなる事によって周りが私というお荷物を抱えなくて済むから良い事なのだ。とさえ思っていました。そうしていきなりスイッチが入ったのです。

記憶している限りでは、1度目は絶望感からの「死」への突進でした。当時はまだ実家住まいだったのですが、全員が出かけたのを見計らい、決行に及びました。しかし、思ったより両親が早く帰ってきてしまい、大事には至りませんでした。そして、2度目。これは「怒りと絶望」の二つの感情からくる発作的な決行でした。私の場合は「死ななければならない」ではなく「私はとにかく死ぬのだ!」という強い「決心?」の様なもの。「一刻も早く死ぬのだ!」「遺書などは全て用意はしてある」そんな言葉しか頭にはなく、もちろん、周りの事など全く見えてもいませんでした。まぁ幸い失敗?したからこそ今もこの様に皆様に体験談をお話する機会を得る事ができているのですが。。。

しかし、今思えば、そう言う時のエネルギーは凄まじいものがあると、今はつくづく思います。「鍛冶場の馬鹿力」という言葉に置き換えても良いくらいの多大なるエネルギーの消耗。そして、失敗?したあとは、泣き続け、抜け殻の様になっていくのです。

ここ、1、2年ほど希死念慮も自殺念慮も出ていませんが、いつまたどうなるかもわかりませんし、言ってしまえば、私は今でも「長生きしたい」とは全く思ってはいません。例え、私が何らかの病気や事故で両親より早く死を迎えたとしても、例えば世間一般で言われる「親不孝」だなんて、全然思ってはいません。まあ、これは、思ってはいけない事なのかもしれませんが、でもそれが私の考え方なのです。そして、そこをまた世間一般の考えに合わせようと捻じ曲げると深い深い闇に入っていくことになるので、私は私の考え方を変えるつもりはありません。私は超現実主義者なので、例えば「輪廻転生」などというのも信じてはいませんし、「死後の世界」だとかいうものも信じておりません。死ねば終わる。それだけです。

ただ、それでも今、生きているのは、死ぬことができなかったからではなく、どれだけ死に突進してもその時の私の「生きたい」という気持ちの方が強かったからなのだと思います。

また、ハッキリと申し上げますと私は今、「生きたい」とも「死にたい」とも思っていないニュートラルな状態です。この天秤がどちらに傾くかは誰にもわかりません。しかし、生きている限り、そのニュートラルな状態を出来るだけ保てる様、模索していきたいと思います。何故ならそれが、「病気と共存する」という事だと思うから。。。

Aya

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