うつ病を患ったからこそ気付いた私らしい生き方

Aya

12月に入り、少しづつ気忙しくなって来た方も多いのではないでしょうか?くれぐれも体調にはお気をつけ下さいね。

さて、今回のAya’s blog 『そりゃ誰もが気楽に行きたいさ』は私らしい生き方について、綴って見ようと思います。皆様、賛否両論お有りだと思いますが、少しの間私にお時間を下さいませ。

模索

うつ病を発症してから生き方について考える事が多くなりました。この世には、色々な人、考え方、様々な生き方がある。では私はどの様な生き方をするのが私にとって良いのか。と。

勿論、私らしく生きるのが1番だとは解っています。しかし、日本社会に受け入れられなかった私にとって、社会との兼ね合いを考えるとそれはできない。

一度は私自身の個性を潰さなければならないのか、とも考えました。長い物には巻かれろ!という日本の風習の中で社会復帰をする為には自分の個性をなくさなければならない。と。

又、色々な事を聞き流す術を身につけようともしました。しかしこれについては、幼少時代より培われてきた物なので、そう簡単に出来る物ではありませんでした。聞き流す事は不可能だったのです。

次に実際してみたのは、聞くことに徹する事。いわゆる自分の事は一切話さない。しかし、海外生活を経て、ハッキリYES/NOを言える私にとっては苦痛でした。しかも、見た目だけですでに目立ってしまっている私は、更に誤解を招くだけでした。

そうして結局、答えが出ないまま、日々過ぎていったのです。

葛藤

思いつく限り、自分で自分を演じました。しかし、どうやっても、何をしても、受け入れられず、私自身もエネルギーを消耗するだけでした。

本当は人と接するべきではなかった時期なのはわかっていました。ドクターストップもすでにかかっていました。しかし、お金の為には働かなければなかったので、人との関わりは避けられなかったのです。

周りでは皆がしている事でも、私1人が上司から呼び出され、私が注意される。何故私なのか?私は一体どーすれば良いのか。どの様な言動、行動をすれば周りとの調和を図れるのか。

私の中では理不尽という概念しかありせんでした。

皆と同じ服を着、同じ化粧をし、同じ発言をし、同じ様にダラダラと過ごせば良いのか。

しかしそれは私にとっては、今まで培った経験を活かすどころか自己破壊も同然。

暗い闇と、とてつもないイライラ感が私を襲う様になっていました。

社会不適合者とはこういう事なのかと、実感する様にもなっていました。

しかし、働かなくてはならなかったので、強い葛藤と共に毎日を乗り過ごし、何度も転職しながら、更にうつ病は悪化の一途を辿るだけでした。

今思うと、その頃の私は何かに取り憑かれた様に本当の自分と演じなければいけない自分の狭間で身動きが取れなくなっていたのだと思います。


Aya

開き直りと私の生き方

少し違うお話になってしまうのですが、私は精神疾患に関わる方々がよく使う『自分を許す』という言葉はあまり好きではありません。

自分を許してあげる』というのは、結局は自分はダメな人間であり、だから許してあげるのだ。という意味が込められている様に感じてならないのです。

私は決して自分を許そうとは思いません。そうではなく、『自分を認める』のです。

先述してきた様に、さまざまな葛藤を経て、行き着いたところは私は何をしても日本社会には受け入れられないということを確実に受け止め、認め入れました。

まあ、投げやりといえばそれまでなのですが、、実際、様々な方法を試し、何をどう頑張っても無理だったわけで、とすれば、何故無理をして病気も進行させてまで、嫌な事をしなければならないのでしょう。

それも、人間としてではなく、たった1コマにされているに過ぎない組織社会の中で。馬鹿馬鹿しいにも程がある。

その時点で、会社で働く事を止めました。お金は必要だったので、飲食店や軽い風俗店を転々とし、生活を継続させました。

会社でバリバリ働いていた頃よりよっぽど私らしくいることができました。ただ、精神的には良くない事なので、(特に風俗)うつ病は良くなる気配は全くありませんでした。

でも、それでも良かったのですその頃は。今までの経験を生かし、スキルを磨くために、自分を演じることのストレスよりは断然マシだったので。

しかし、今度はだんだんと自分が惨めに思えてきました。私の今まで培った物を何も生かすことができず、自分自信も何の向上もしていない事が、とにかく惨めで、生きる価値の無さを目の当たりにしている様な感覚でした。

とりあえず風俗関係からは足を洗いバイトの生活。休憩しては生活できないので、うつ病は一向に良くはならない。

障害年金が頂ける様になってから少し楽になりました。しかし、障害年金は家賃にかわるだけ。うつ病がマシになる事はありません。

そして、遂に私は決心したのです。何もかも止めてしまおうと。お金の事は考えず、引きこもってとにかく休息を取ろうと。

Aya

私の人生は私が決める

このまま、病気がよくなることがなければ引きこもりが私の生き方なのでしょう。

どこか遠くに住むと私が決めたならそれもまた私の生き方でしょう。

ただ、日本社会にだけは決して戻らない。これも私の生き方です。

私の望む私の生き方。

『それは私が自分の人生を自分で決め、実行する事』

私の人生。白と出るか黒と出るか。はたまたグレーなのか。

どちらにしても、これからも悩み、泣き叫び、イライラし、毎日毎日の中で決断する時が来れば自分で決める。

何故ならば、例えどんな状況に置かれていても、ケジメをつけなければいけない時がある。それが『人生』というものだから。

Aya

うつ病を患ったからこそ気付いた私らしい生き方” への2件のフィードバック

  1. Ayaさん😊

    それで良いと思います。
    私も社会不適合者なので、励みにはならないかもしれないけど、生きやすい場所を探せるなんて素敵です。Ayaさんは可能性に満ちています。自身を傷つける事以外だったら何でもトライしてみてください🎵
    世界中のどこかに、ストンと落ち着ける場所があるはず。私は応援しています。
    お母さんは放っておいても大丈夫。
    おかしな家族との婚姻関係が破綻して良かった。
    我が子を思う様に心からそう思います。
    時が来て、飛び立てる時の為に今を生きてみてくださいね。

    1. ありがとうございます。
      偉そうな事ばかり言ってますが、本当はすごく波があります。動けない日も多いです。でも、一生病気と共存する事に対して覚悟が出来ると、少し考えが変わったのです。
      コメントありがとうございます。
      涙が止まりません。
      言葉がみつかりません。

      本当にありがとうございました。
      Aya

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