9月に帰国してから12月までの私の症状

Aya

ここのところうつ病を中心に全般的な精神障害について執筆して参りましたが、皆様、少しはご理解、ご共感頂けましたでしょうか?

ここで少し、個人的な事に触れさせて頂きますが、私がブログを書くきっかけになったのは、「少しでも多くの方に実際の経験談として読んで頂き、疾患者ご本人、またはその身近にいる方々に役立つ情報を届け、何かのヒントになるような事を書いて欲しい」ある方からの助言を頂いたのです。そして、ブログを続ける決心を致しました。そうする事で、自分自身が忘れていた事や頭の中でだけモヤモヤしていた事が明確になり、少しずつではありますが、私の歩んでいくかもしれない道が見えてきている様に思います。なので、その方に、私は感謝の心を忘れる事はないでしょう。

さて、今回は再び私自身のこの4か月の症状についてご報告がてら執筆させて頂こうと思います。どうかお付き合い下さいませ。

忙しさと調子の良さで病気を忘れてしまっていた時期

3か月のヨーロッパ滞在(うつ病Aya『うつ病でも旅行はできる』https://aya1718.xyzで、調子が良いままで帰国した私は、疾患者だという事も意識せず、お友達に会ったり、留守中時の後始末等で、ある程度忙しい日々を送っていました。「ああ、やっぱり行ってきて良かった。こんなに調子が良いならもう大丈夫、やっと私は抜けられる」とさえ思い始めていました。本当にこの10数年で、始めて味わうくらいの調子の良さだったのです。

体は軽く、なんでもすぐに出来てしまう。精神的にも特に何の不安感もなく、気楽に毎日を過ごしていました。自分が疾患者だという事も忘れ、あちこち行ったり、秋祭りを観覧したり、充実していました。

でもそれはただ、海外に居た3か月間の解放された状態の余韻が残っていただけだったという事に後になって気付いたのです。

曇り始めた身体と脳

トンネルの始まり

ある日を境に、急に体が重くなり始めました。立ち眩みも頻繁に起こり始め、ある時は、貧血で倒れ頭を打ちそのまま気がつくと1時間経っていたりすることも。体の不調はどんどん酷くなり、何をしても、すぐ休憩。事は捗らない。次第に精神的にも落ち込んでいき、引き篭もるようになりました。

出かけるのは、食料買い出しと病院だけ。あとは、朝は当然起きるのが困難。食べるだけでも疲れてすぐ横になる。お風呂に入るのも4日くらいに一度。字を見るのはつらいので本も読めない。TVは感に触るので点けない。シーンとした部屋で最低限の事しか出来ない日々が続き、次第に精神的にも追い込まれていきました。

考えることは先の事ばかり、心配で、不安で、「こうなったらどうしよう?あんな風になってしまったらとうすればいいのか?」そんな誰にもわからない、未来の心配ばかりするようになっていました。そうです。また悪い癖が出ていたのです。

しかし、この病気は出てしまってからのコントロールはかなり難しい。何故ならすでに、脳はカチカチ状態になってしまって、何も受け付けなくなっているから。

ただ、毎日ビデオチャットで私の表情を見ている彼も気付いた様で、多い時には1日に3回ビデオチャットで話をしてくれることもありました。それだけは、本当に私は恵まれていると、今、思います。

だんだんと脳の状態が和らぎ始め、ネガティブな考えはしなくなったものの、体は重いままの状態が続いていました。しかし、ある日、突然、トンネルの出口にいる感覚を感じたのです。「あ、もう少しだ!」なんとなくですが、何度も経験している事なので自分でわかるのです。その感覚を感じた数日後、「今日は凄く調子が良い!動ける!」という日がありました。そこで私は、失敗してしまったのです。「あ、トンネルを抜けた」と思い、外出したり、やり残していた事を片付けたりと、あちこち動いてしまいました。わかっているハズなのに、変に焦って動くとせっかくトンネルの出口だった自分が後退りしてしまう事を。焦ってしまったのです。何度も経験しているはずなのに。。。

トンネルから出る事ができない

後戻りしてしまった私

その次の日は案の定、全く動く事すらできませんでした。「ああ、やってしまった。。。」後悔しかありませんでした。最初は後悔だけでも、体が重くなり、表情も乏しくなっているのが自分でもわかりました。そしてまた引きこもりの日々。

ネガティブな事ばかりを考える日々、加えて、わかっていた事なのに、同じ失敗をしてしまった自分に対しての腹立たしさから来る苛立ち。どうにもなりませんでした。イライラしてOD(オーバードース(薬の過剰摂取))、夜中に徘徊や、一日中起きっぱなしていたりと、奇妙な行動をするようになり、痩せていく自分が醜くさえ思えて来ました。「どうして私はこれ程ダメな人間なのだろう」また堂々巡りのことを考え出していました。

そんなある日、ふと思い出したのです。10月の初旬に秋祭りで会った叔母が「遊びにおいで」と言ってくれていた事を。私は比較的体調の良い日に叔母の家を訪れる事にしました。叔母は「もっと早く来るものと思っていたわ」といって、歓迎してくれました。そこで私は両親が隠していた事全てを叔母に聞いて貰ったのです。

古くは離婚の原因から今の私の病気の事まで全てを。泣きながら話しました。叔母も気にしていてくれたのです。しかし、私の両親が何も言わないので聞けなかった様でした。涙が止まりませんでした。私はこのブログの中で綴ってきた事全てを彼女に打ち明けました。両親には病状の事も一切話さないようにしている事も全て。

叔母の助言は「今の事だけを考えなさい」でした。そうです。私が日々、自分自身に言い聞かせていた言葉です。それと同じ事を彼女は私に言ってくれたのです。

やっと出口にたどり着いた

叔母に全てを打ち明け、彼女から日々、私が私自身に言い聞かせていた言葉を思い出させて貰い、その日はなんとなく、清々しいとまではいかずとも、軽い気持ちで帰宅し、久しぶりに睡眠もしっかり取れました。そしてその日を境に固まっていた脳が和らぎ始める感覚を覚えるようになりました。

全部自分で抱え込む癖がまた邪魔をしていたのだと悟り、又、私には聞いてくれる人がいる事も、再度思い出す事ができたのです。私は恵まれていると改めて実感しました。

現在の私は、まだゆっくりペースで、今度こそ後戻りしない様、気を付けながら過ごしています。完全にトンネルを抜けたかどうかはまだわからないので、慎重に自分の状態と相談しながら1日1日をマイペースで、出来る事だけをしています。

来月の初旬には彼が日本へ来てくれます。今回は1か月強の滞在で、あまりあちこち行かず、少しゆっくりペースにしようとまで言ってくれています。完全にトンネルを抜けた状態で彼を迎えるか、彼が最後にひっぱり出してくれるかはわかりませんが、どちらにせよ、今度こそ浮上出来そうです。

まぁ、また次のトンネルがいつやってくるかはわかりませんが、それは先の事。「今だけを考え、気楽に生きる。」私は完全にその教訓を思い出しました。そして、今年残り僅かではありますが、その教訓を1日一回は口にして、毎日を乗り越え、新しい年を迎えたいと思います。

Aya

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください